アキアカネはなぜ山に上るのか
―アキアカネの生活史戦略論から風景論まで―
上 田 哲 行
山へ上るのは避暑旅行?
なぜアキアカネは山へ上るのでしょうか。そこに山があるからだというのは有名な登山家の言葉ですが,アキアカネの場合は,日本の平野部の夏が暑すぎるからだと一般に考えられてきたようです。というのも,アキアカネは現在は日本列島の特産種ですが,祖先種の産まれ故郷がユーラシア大陸の北部にあると考えられており,寒さを好む種だと考えられるからです。現在もヨーロッパからシベリア,中国北部にかけてタイリクアキアカネというよく似た種が分布していますが,氷河期に日本列島に侵入したタイリクアキアカネの一部が、その後の日本列島の温暖化にともない体が大形化すると共に、高地への移動習性を獲得することによって日本列島に定着し、アキアカネが成立したと考えられています。つまり,暑い夏を涼しい高地で過ごすことで,温暖化していく日本列島に残ることが出来たという考えです。
大変わかりやすい説明です。でも何か足りないという気がします。
山へ上らずに済ます方法もあったはず
氷河期に日本列島に入ってきた昆虫は多数に上ります。そのような昆虫のすべてがアキアカネのような高地への移動を行うことで生き残ってきたでしょうか。そうではありません。一部は高山蝶に代表されるように,高地に分布を限定して生き延びているものもありますし,アキアカネとは別の解決策を見いだしたものもあります。
そもそも山へ上ることはアキアカネにとって避けられないことだったのでしょうか。
現在,アキアカネは初夏に羽化しますが,繁殖活動は秋まで始まりません。羽化から繁殖活動を始めるまでの期間を前生殖期間といいますが,その長さは石川県では3カ月前後になります。普通のトンボでは1-2週間ですから,異常に長いわけです。
成虫は繁殖活動を行うための存在ですから,もし普通のトンボのように羽化後2週間ほどで産卵を行うとすれば,成虫は暑い夏を過ごす必要がなくなり,山へ上る必要もなくなります。あるいは,夏を幼虫で過ごし,秋になって羽化を行えば,やはり暑い夏を成虫で過ごす必要がなく,山へ上る必要もなくなります。
このように山へ上らずに済ます方法はいくつもあったはずです。ですから,現実に山へ上ること,そのこと自体の理由は平地が暑いからだとしても,そもそもなぜ山へ上らなければ成立しないような生活史の組立てをアキアカネが選んだのか,その理由を明らかにすることが必要と考えられます。山へ上ることだけを取り出して議論してもあまり意味がないといえます。
要するに,現在のアキアカネのやり方は1つの方法でしかないわけです。ですから,アキアカネがそのような方法を選んだ理由を説明できなければ,十分な説明とはならないといえます。山へ上ることも含め,アキアカネの生活史全体が,どうしてそのような組立てになったのかを戦略論として明らかにすること,それが私の研究のテーマです。
秋まで生殖活動を遅らせている
1988年に,それまで報告されていた断片的な記録を整理し,アキアカネの生活史の全体像を浮かび上がらせるという試みを行いました。その論文の中で,アキアカネの生殖活動が秋まで抑制されているという事実を指摘し,それは卵で越冬するという性質と結びついたものであることを強調しました。つまり,アキアカネが秋になるまで産卵を開始しないのは,それより前に卵を産んでしまうと,冬になる前に卵がかえってしまう恐れがあり,そのような危険性を避けるため遅らせているという考え方です。
この仮説を確かめるためには,夏の間の成虫の様子を詳しく分析する必要があります。白山地域での夏の成虫調査の結果,メスでは夏の間は卵巣の発育が抑制され,生殖休眠の状態にあることが確かめられました。一方で,北海道ではこのような生殖休眠が起こっていないらしいことも明らかになってきました。北海道では繁殖活動の遅れは見られません。生殖休眠とその結果としての繁殖開始の遅れは本州以南のアキアカネに特有の現象なのです。
中途半端な卵の眠り
では,卵の方はどうでしょうか。
アキアカネの卵は,産み落とされた直後は白色をしていますが,数時間すると褐色に変化し,やがて卵黄分割と呼ばれる現象が生じます。数日後には卵の下の方に不透明な胚が見えるようになり,それがどんどん大きくなってきます。からだの色々な部位の形成が始まり,着色も見られ,卵の中で一回転して,やがてヤゴに近い形にまで成長します。1カ月もしないうちにこのような状態に達します。いつふ化が始まってもおかしくない状態です。しかし,ふ化はいっこうに始まりません。秋から冬になり,雪の下に埋もれ,あるいは寒風に吹きさらされて,やがて春になってたんぼに水が入る頃,ようやくふ化が始まります。
実は,野外から卵を採集することは難しく,これは実験室での結果にたぶんに想像をまじえた野外の卵の様子です。そんなに間違っていないはずですが,確かめてみる必要はあります。
実験室ではどうでしょうか。産み落とされた卵を、たとえば18℃という一定の温度下に置いておくと、胚は上に述べたような経過を経て、早い例では産卵から80日目ぐらいでふ化が始まります。平均では100日目ぐらいに孵化し始めます。11℃で約200 日、18℃で約100 日、25℃で約65日、30℃で約30日というように、温度が高いほど卵期間が短くなっています。面白いことに,25℃では,胚発生の早い段階で一度発育が停止する時期があります。そのかわり発生の最終段階,ふ化間近の状態での発育停止はなく,一気にふ化に至ってしまいます(図1)。
実は,同じ温度条件で飼育しても,アキアカネ卵には著しい個体差があり,ふ化に至るまでの期間や発育停止が起こる発生ステージに違いが見られたりします。それ自体非常に面白い現象なのですが,話が長くなりますし,ややこしくなりますので,ここでは深入りせずに,話を先に進めることにします。
さて,このような恒温条件下での飼育から,胚には特定の発育段階での発育停止,すなわち休眠が起こることがわかります。しかしその休眠は,他の昆虫で知られているような低温を経験しなければいつまでも眠り続けるというようなしっかりしたものではなく,一定期間がすぎれば卵はやがて目覚め,ふ化に至ってしまいます。つまりアキアカネ卵は中途半端な休眠性しか持っていないわけです。
産まれ故郷の北の地方であれば,このような中途半端な休眠性でも十分にその目的は達せられます。北の地方では,冬は早くに訪れますから,休眠から目覚める頃には,今度は冬の寒さによって春まで眠り続けることになります
(図2a)。アキアカネの祖先種が日本列島に入ってきた氷河期の頃もこれで十分だったはずです。
しかし,氷河期が終わり温暖化が進むとどうでしょうか。卵は,高温条件ほど休眠が短いか,あるいは非休眠となり,早く目覚めてしまいますし,一方で冬の始まりは遅くなりますから,冬になる前にふ化してしまう危険性が高くなります
((図2b)。仮に,初夏に羽化するアキアカネが,普通のトンボのように初夏に卵を産むとすると,夏の高温にさらされた卵は1−2カ月でふ化に至ってしまいますから,10月頃には幼虫になってしまう計算になります。
冬を前にふ化してしまった幼虫はどうなるでしょうか。冬の寒さに対する抵抗性が出来ていなければ死んでしまうでしょう。それに,アキアカネが住むような場所は,冬に水がないことが普通ですから,乾燥や餌の問題もあります。つまり,幼虫で冬を過ごすためには,やはり休眠して乗り切るしかないのですが,アキアカネの幼虫にそのような性質があるのでしょうか。これはこれから検討すべき問題ですが,今のところ,幼虫で冬を越すことはまず不可能だと考えられます。
卵を春まで眠らせる方法
では,温暖化が進む日本列島で卵越冬という生活史を維持するにはどうしたらよいでしょうか。もっとも単純な解決策は,冬前に卵が目覚めないように,産卵時期を遅らせるという方法です。産卵が遅くなればなるほど,確実に冬になるまで眠り続けることになります。アキアカネが秋になって初めて卵を産み始める理由はここにあります。
しかし一方で,あまり遅らせると,今度は成虫の寿命という問題に突き当たります。繁殖開始が遅れれば遅れるほど成虫の生存率は低くなりますから,成虫の都合からいえば,出来るだけ早く卵を産み始める方が望ましいことになります。
おそらく,両方の要因のバランスで産卵開始時期が決まってきていると思われます。石川県では9月中旬から繁殖活動が始まりますが,青森では8月下旬とかなり早くに始まりますし,九州や四国では9月下旬になるようです。これはそれぞれの地域で平均気温の平年値が10℃を下回るようになる時期のほぼ2カ月前に相当します。25℃恒温条件では2カ月ほどでふ化が始まりますから,これはなかなか思わせぶりな数字です。
このように,氷河期以降の温暖化する日本列島にあって,卵越冬を維持するために繁殖開始時期を遅らせているという仮説は確からしいように思われますが,別の面からこれを補強するデータをとることが出来ました。アキアカネを含むアカネ属は,ほとんどが秋になって繁殖を開始するのですが,ミヤマアカネという種では,真夏に繁殖活動が始まることが知られています。ミヤマアカネも卵で越冬するので,夏に卵を産んでも困らない仕組みがあるはずです。1つの予想として休眠期間が長いということが考えられます。休眠期間が長ければ,それだけ早く繁殖を開始することが出来ます。実際に,18℃と25℃の恒温条件下で飼育した場合には,アキアカネに比べて1−2カ月遅れてふ化が始まりました。特に,18℃より25℃の方がふ化が遅くなっています。これはアキアカネで見られた25℃での発生の早いステージでの休眠がミヤマアカネでより長期化していたことによるようですが,予想通り休眠期間が長いようです。
健やかな目覚めの方法
さて,これまでは卵を健やかに眠らせる話ばかりをしてきましたが,いつまでも眠り続けても困るわけです。ふ化する条件が整えば,すみやかにふ化して,すみやかに成長する必要があります。後でも触れますが,アキアカネはたんぼと深く結びついた昆虫です。少なくとも北陸では,たんぼがその主要な生息場所ですが,たんぼに水がある時期は限られています。4月から7月の短い期間に幼虫としての生活を終えて,成虫として飛び立つ必要があります。つまりわずか3カ月弱で幼虫期間を終えるのですが,これはトンボとしてかなりはやい成長です。ですから,条件さえ整えば,出来るだけすみやかにふ化し,早く幼虫としての生活を開始する必要があります。
恒温条件下ではふ化はかなりだらだらと続きますが,一度低温処理をした卵では,加温後のふ化が早まり,ふ化時期も比較的揃います。冬の低温が,春の目覚めをすみやかに開始させる役割を持っているようですが,低温処理による影響も個体差が大きく,はっきりした結果が出るにはもう少し時間がかかりそうです。
たんぼがアキアカネを作った
最初は純粋にアキアカネに対する興味から始めた研究でしたが,研究を進めていくにつれ,アキアカネとたんぼの関わりの深さを強く意識するようになりました。たんぼがアキアカネを作ったんだという意識です。そもそもアキアカネが山に上るという生活史を進化させた理由もたんぼにあるように思います。というのは,温暖化していく日本列島にあって,アキアカネが高地や北の地方に分布を限定しておれば,山へ上る必要性はなかったはずです。山へ上るという行動は,あくまで避難行動であり,生活の本拠地が平地であることを意味します。では、擬人的な表現になりますが,どうしてアキアカネはそれほど平地にこだわったのでしょうか。その理由は日本の平地の大部分を占めるたんぼの存在にあると思われます。日本のいたるところにあるたんぼを繁殖地とすることで、アキアカネは非常に数の多い、ありふれたトンボになったわけです。
たんぼは一定期間しか水が存在しないという特殊な環境です。たんぼを利用するためには,この水のある時期とない時期をうまく生活史の中に組み込む必要があります。幼虫期間が長く,幼虫で越冬する必要のある多くのトンボでは,平地のたんぼ(乾田)は利用しにくい環境でしょう。たんぼに水が張られる春から初夏にかけてを幼虫で過ごし,それ以外の時期を,必ずしも水を必要としない成虫や卵で過ごすというアキアカネの生活環は,たんぼの特性とうまく一致しています。アキアカネのこのような性質は,たまたまアキアカネがもともと持っていた性質かも知れませんが,それに加えて,日本列島での進化の過程で,たんぼのあり方に合わせて進化してきた面もあるように思います。どういう点がそうであるのか,今はまだ確信を持って指摘できる段階にはありませんが,今後の研究によって明らかになってくることと思います。
風景としてのアキアカネ
言うまでもないことですが,アキアカネの生態を明らかにしたところで,米の増収が期待できるわけではありません。ただ,米をとりまく状況が厳しさを増す中にあって,たんぼの危機が叫ばれ,たんぼの多目的な機能が指摘されたりしています。米の生産の場としてだけではなく,その治水機能や生物の生息環境としてのたんぼの価値を見直そうという動きです。
ジョニー・ハイマスという英国人は,日本のたんぼを「Sacred Fields―聖なる耕地」と呼び,季節の移り変わりとともに,たんぼが表情を変えていく様子を1冊の写真集にしました。この写真集をながめていると,たんぼは人と自然の共存の象徴であり,1つの文化でもあるという思いが湧いてきます。たんぼは米の生産の場であると同時に人びとの暮らしの場でもあります。たんぼに囲まれた風景はどこにでもあるありふれた風景です。ありふれた風景であるからこそ重要なのです。たんぼは米を育み,人を育み,人の文化をも育んできたことになります。そして,赤とんぼやタガメをはじめ多くの生きものも育んできました。これらのものが渾然一体となって,たんぼという風景を作り,人びとの心の風景を形作ってきたのです。
アキアカネを代表とする赤とんぼは,そのたんぼの実りの秋を象徴する生きものであり,それが群れ飛ぶ様子は秋の代表的な風景であったといえます。赤とんぼから連想されるものは,たんぼの稲藁や稲架や夕焼けや藁を焼くにおいであったり,収穫の後の祭りや運動会であることでしょう。赤とんぼは,そのような諸々のイメージをその透き通った翅にはらませて飛び続け,1つの風景となっているのです。
最近,都会を中心にプールで繁殖するトンボのことが話題になっていますが,アキアカネもその1つです。彼らの繁殖場所が失われていくことを反映した現象であることは間違いありませんが,そしてプールをそれらのトンボたちに積極的に解放しようという動きもあるようです。それ自体は決して悪いことではないと思いますが,アキアカネの場合はどうでしょうか。種の保存という観点だけであれば,プールだろうが,動物園であろうが,とにかく生き延びればよいとも言えます。極端な考え方をする人は,遺伝子さえ保存されればよいと言います。しかし,少なくともアキアカネの場合は,それでは不十分なのではないでしょうか。なぜなら,それは単なるモノとしての虫ではなく,1つの風景と考えられるからです。アキアカネだけを取り出して守っていっても肝心なものが失われていくような気がします。
アキアカネを研究することで,私は,風景という概念に行き当たりました。そして,回りを見渡してみれば,風景という言葉があちこちで論じられていることに,遅ればせながら気づかされました。今後,人と自然の関わりを考えていくとき,この風景ということばが重要なキーワードになっていくものと思われます。私も私なりにアキアカネという風景を追求していくことになるように思います。