童謡「赤とんぼ」が日本人の愛唱歌としてつねに第1位(NHK)であることに象徴されるように、秋の田園地帯をアキアカネが群れ飛ぶ情景は、日本人にとってかけがいのないものである。しかし最近の農業環境の悪化は、そのような田園風景の急速な破壊を招きつつある。田んぼ*は作業効率を優先して整備が行われ,米の工場と化している。水田は乾燥化が進み,畦や用水路はコンクリート化され,ため池は埋め立てられ,姿を消しつつある。しかしその一方で,田んぼを米の生産の場としてだけではなく,その治水機能や身近な生物の生息環境として評価する動きもある。田んぼをとりまく状況はこのように混沌としており,国の農業政策に逡巡が見られる今,必要なのは田んぼについての総合的で客観的な評価資料であろう。赤とんぼネットワークの目的は,赤とんぼの視点から田んぼを見つめなおし,赤とんぼをはじめとする多様な生物と共存できる田園風景の保全と創造に取り組むことにある。
*水田を中心としてそれにつながる用水路,ため池なども含む1つのシステムとしてこの言葉を使う
トンボはその形態からヨーロッパでは悪魔的存在と見なされていたが,わが国では古く国の名となり,後には兜の装飾に使われるなど幸運をもたらす虫と信じられていたようである。これは狩猟文化と稲作文化の違いとも理解できるが,いずれにしろ銅鐸にその姿が描かれ,「稲の霊」ともみなされたトンボは稲作文化のシンボルであったのだろう。実際,アキアカネを代表とする赤とんぼが稲穂の上を群れ飛ぶ様子は日本の秋の典型的な光景であり,人びとの原風景を形作ってきたと思われる。それゆえ,赤とんぼの群れ飛ぶ風景を保全することは,日本人の原風景の保全につながることになる。それは人と自然の共生のシンボルである。
最近,日本の各地でトンボ公園作りが盛んに行われているが,上のような見方からいえば,トンボだけを特別の場所で増やす方向には一定の評価を与えつつも限界を感じざるをえない。トンボは日本の農村景観の中に溶け込んで1つの風景となる必要がある。したがって,田んぼだけが残っても,あるいはトンボだけが残っても不十分である。さらにいえば,田んぼとトンボの両方が残ったとしても,その残った状態が人々の生活や心のイメージからかけ離れた状態であれば,それは共生とはほど遠い状態といえる。真の共生とは両者にとって調和のとれた状態であるはずのものであり,人にとっては日常生活のなかのありふれた状態でなければならない。それはまさに「風景」である必要がある。
トンボ類はホタルとともに身近な水辺の生物の代表とされるが,ホタルほどには,資料の集積が進んでいない。とくに,人文科学的,社会科学的な資料の発掘はほとんど行われていない。これは,暗闇に中に光るホタルが非日常的な喜びを与えてくれる「ハレ」の虫であるのに対し,赤とんぼはあまりにありふれていて日常的な「ケ」の虫であることによると考えられるが,じっさい,日常を扱うことの多い俳句にはかなりの数の赤とんぼの句がある。
赤とんぼネットワークでは,これまで会員に対する年2回のニューズレターSymnetの発行を唯一の活動としてきたが,インターネット上にホームページを開設することで,様々な分野の人びとに対する赤とんぼについての情報発信および情報収集の基地としての役割を果たして行くことができると考えている。